後悔(第15綴とは全く違う形で) 〚第17綴〛

「‘彼女’が病院に運ばれた」という情報を知った時、まず思ったのは「これで今夏も“私”の病の回復が遅れる」だった……。しかしながら、どういう訳か、この情報を知った後も、ほぼ変わらず睡眠がとれている。7月中旬に一睡もできなかった時も一晩だけあるが、7月下旬に入ってからは中途覚醒がなく5~9時間熟睡できている晩が6回もある。そこで2025年前半の平均睡眠時間を出してみると2月~6月は5.8~6.0時間だったが、7月には6.8時間となっている。つまり‘彼女’の死後、私の睡眠時間は大幅に増えているのだ(間違いの無いよう検算は十分にしてある)。
これが何を意味しているのか、あまり考えたくはない…、というか考えても意味はない。もう既に7月の時点で答えは出てしまっている。「‘彼女’はもうこの世にいない」「私の‘呼び掛け’が間違っていた」頭ではそう思っているのに、なぜか失望・絶望・罪悪感・良心の呵責といった感情は1㎜もなかった。
ただ「後悔」だけが、いきなり水が突沸でも起こしたかのように急激に湧き上がっては私の涙腺を刺激してくる(こういった突然の感情の波は、ほぼ‘うつ症状’とみて間違いない)が、涙が多少出てきたとしても「私は心から‘彼女’の死を悼んでいるのか?」「これは‘彼女’を死なせた我が身の不運を嘆くだけの自己憐憫の涙ではないのか?」という考えが追いかけて来て、さっさと涙は引っ込んでしまう。そしてどんなに後悔しようが号泣しようが、30分後には淡々と日々の雑事をこなし、同時に「この状態と感情をどういう言葉で表現すべきか」などと考えていられる自分。割り切りが早くて冷酷な性格であるのは自覚していたが、これほどとは思わなかった。私が‘彼女’に向けていたあの執着心は何だったのだろう?
“私”の生命力は「‘彼女’の死」を利用してでも自分の病気を回復させてしまうのか。

去年8月中の睡眠は平均6.5時間(夜間睡眠のみで計算。昼寝もしているが書き忘れが多いので加えていない)。7月より少し減ってはいるが、やはり夏の盛りだし、少々ストレスを感じる揉め事もあったので当然の結果だろう。8月前半は多少イライラしたり全くやる気が出ない日があるなど「気持ちの浮き沈み」という分かりやすい‘うつ症状’もあったが、その一方で長時間徒歩で出かけたり、判断力を要する書類作成が出来たり、少し外気温が低めでエアコンなしでも室温30℃前後だった日には3時間ほどの昼寝が出来ている(この日だけは昼寝から目が覚めた時「よくこんな暑い中で寝てたな」とビックリしたので忘れない内に書き込んでおいた)。
昼寝を3時間もしたら夜眠れないのでは?と思われるかもしれないが、長期の‘うつ病持ち’は圧倒的に睡眠が足りていないので、とにかく睡眠(実際に「眠気」を感じる状態が大切・眠りたいという願望ではダメ)時間を増やすのが先だ。そして「睡眠とリラックス」は相関関係にあり昼寝ができるという事は日中もリラックス出来ている証拠である。「のんびりゆったりした気分の増加と持続」が‘うつ’回復には最も効果がある。睡眠時間が増えていないのに、夏のさなかに運動や事務作業やリラックスが出来ているという事は、睡眠の質が上がっている可能性が高い。2024年の「夏に恐怖を感じる」症状は改善できていたようだ。
そして症状改善が進むという事は、判断力や記憶力など「思考力全体」が回復してくる訳だが、以前にも書いたように、一直線の右肩上がりには決してならない。‘うつ症状’が増えたり減ったり、不規則に混じり合った状態を行ったり来たり蛇行しながら少しずつ回復する。誤解を恐れずに書くなら’まだらボケ‘的な状態である。’まだら‘だから、どこに地雷があるか・何がスイッチになるか本人はもちろん周囲も全く気付けない(普段から本人の考え方の癖や性分を良く知っていたという者が偶々そばにいれば命拾いする例もなくはないが)。

――また脱線しかけている。話を戻そう。症状改善が一段進んだ私の場合は、この8月の時点で以下のような事を考えていた。(*部分はその時期に、紙に走り書きした文章をそのまま、或いは意味が通り易いように多少修正を加えた箇所もある)
*私は誰も助けられない。そもそも人を助けること自体が無理なのだ。「君を一生守る」とか「みんなで協力して仲間を救い出そう」等というのはドラマや漫画の中だけの話だ。自分でも分かっていたはずなのに、そう教えてくれる人もいたのに、忘れていた。確認する手間を惜しんだ。
*自分の無知・無神経・傲慢に気付けなかった自分が信用できない。自分が信じられないのだから他人はもっと信用できない。何を信じたらいいのか分からない。
*しばらくは他人との関わりを極力なくす。また‘彼女’みたいな結果を招いてしまったらと思うと怖い。人間はどこまで行っても無神経で傲慢で空気が読めない奴ばかりだ。そんなのとも絶対関わりたくない。私には人とかかわる資格も権利も義務すらない。
*精神疾患にかかわるとき、最も大切なのは押し付けない。本人の意思を何よりも優先する。これを絶対忘れないこと。
*自分の中のイヤな部分・ダメな部分・傲慢な部分に常に目を向ける。
*病気が治ってからも群れたり気をつかったりしたくない 迷惑をかけるのもかけられるのもイヤだ。基本的に1人でやっていく 人と組んだりせずに。特に笑顔親切善意には何らかの計算打算があるはず。しかし少なくとも自分が何を考えているかは自分で把握できている。
*愛する人・尊敬する人が死んだからといってあとを追うのはおろかで幼稚な人間のやることだ。故人を本当に大切に思うなら、その人の考え方生き方をまねて実践し広める事


9月中の睡眠は平均6.9時間。わずかに増えたが、昼寝は9月後半に2回しか記録していない。昼寝が出来ていない分が夜間睡眠に移行したのかもしれないし、単純に書き忘れただけかもしれないが「書くのを忘れている」も、これまた‘うつ症状’の現れだし、買い物から帰って来た時などに「あっこれ買わなくてよかったのに」という“うっかり”もやらかしている。しかし、その一方で‘うつ病持ち’にとって苦手な金銭管理(払うべき費用等の振り分け)的作業をしているし、ずっと昼は麺・夜に米という代り映えのしない食事内容を「最近暑いから夕飯は素麵にしてみよう」という臨機応変な考え方を判断力の弱る夏場に出来るようにもなっている。

*9/22 人間というのは失う前では分からない気付かないもの。失って初めてその大切さに気付く

10月中の睡眠は平均6.8時間。またしても昼寝の文字は3回しか書かれてないが、この月は書き忘れとみて間違いないと思っている。去年は10月には明確に涼しくなっていたし、カレンダーに書き込んであるメモの内容がほんの少しだが的確になり筆跡にも僅かにチカラがこもっている感じがする。7月、8月、9月と続けてめくってみると明らかに10月からは雰囲気が違っている。精神が落ち着いた状態が日常的に維持できる、というのは睡眠の「質」と「量」と両方が上がっていないと実現できない。さらに月末近くなってからは、支払い明細やら何かの説明書きなど、後で確認してから捨てようとしていた細々した書類の整理が出来てテーブル周りが使いやすくなったし、何よりコタツの分解掃除が出来ている。
コタツは家電としては単純な作りではあるが、取り付けネジは2~3種類あって掃除終了後、元通りに組み上げるにはネジの種類を間違えないように注意していないと唯一の暖房器具が使えない事態になってしまう(私的にエアコンは暖房器具には入らない)。だが既に10年以上溜まっているはずの埃を何とかしないと火事が心配なので、ゆっくり慎重にやろうと、それなりに一大決心をして始めた訳だが、1時間半ほどで仕上げられた。
判断力が戻ってきて、こんな風に自力で片付け物ができるようになると「あぁ‘うつ’が良くなってきているんだなぁ…」と感じる。そして、この月は‘彼女’を思い出して泣く、というのは幾らか減ったように思う。

といっても泣くのが減っただけで‘彼女’の事を考えなかった訳ではない。というか、むしろ「後悔」は時間が経つにつれて、じわりじわりと、増えているような気さえしていた。そして暑さが気にならなくなってきた、この10月頃からだと思うのだが「この後悔は減らせない・減らしちゃいけない」「この後悔を一生抱えていこう」そう冷静に考え始めた頭の中に、全く関係ないはずの、一人の異国の男性の顔も同時に浮かぶようになった。ドイツ・ベルリンで飴を差し出してくれた、あの年配男性の不思議な笑顔が。
最初は自分でも原因が分からなかった。‘彼女’に対する後悔を思うと、なぜか、あのドイツ人男性の記憶も同調して頭の中に浮かんでくる。なんで?どうして?と考える内に、もう一つ別の疑問が浮かんだ。「……そういえば、なんで私は第10綴の、あの文章を書いている時‘アルカイックスマイル’なんて自分でもよく理解できてない単語を選び出したんだろう?」
一部の読者は既にお気づきだろうが、私はブログ文章を書く時、出来るだけ自分が使い慣れている方の単語を選んで使う事にしている。その方が気持ちや感情が伝わると思うからだが、なぜかアルカイックという言葉の意味は‘よく分からない’と自覚していながら「とりあえずこれが一番ピッタリ来る」と思ってしまい選んだのだ。だが「意味が分かっていない単語なのにピッタリだと思う」という矛盾した選び方をしている点には気付かなかった、つい最近まで。
そうだ、これまで私はなんとなく、あの男性の笑顔を「変態と間違えられた気まずさから来ている笑顔」だと思い込んでいた。そうじゃなかった。バスの車窓から、あの時あの男性は、私の目をまっすぐに観ていた。当時の私は若かったから一瞬、嫌悪感を持ってしまったが、今になって改めて思い返すと、とても柔らかい視線だった。かといって「見守る」のとは違う。そこまで思い出して、やっと私は思い当たった。きっと、あの男性の中にも「後悔」がべったりと染みついていたのだ。“私”と違って罪悪感や贖罪を内包しているであろう、死ぬまで消えない強烈な「後悔」が。
日本人の戦争被害というと、諸外国から見れば、やはり二回の原爆投下が筆頭に挙げられる。だがナチスによる大量虐殺には有色人種、つまり私たち東洋系も(人数としては少ないが)含まれていたはずだ。あの男性は年配に見えたとはいっても50代後半から60代くらいだったから、直接自分が手を下した訳ではないと思うが、親か親戚にでも大量虐殺に協力してしまった悔恨の念を聴かされながら育ったのかもしれない。そんな背景があったのかもと想像すれば、私と友人を丁寧にもてなそうとした彼の気持ちも改めて、また別の方向から、理解できる(もちろんこれも単なる推測に過ぎないが)。
*10/9 後悔のタイミングが間遠になっていくほど後悔は強く深くなっていくかも

11月中の睡眠は平均6.4時間。昼寝は5回なので極端に増えてはいないが、中途覚醒が減って夜間睡眠が5時間以上継続している日が12回あった(因みに10月は4回)。
私の場合「中途覚醒」の定義は夜間睡眠中に目が覚めてから1時間以上眠れない場合を指す。目が覚めても5分程度で再入眠できた場合は含めない。例えば就寝深夜0時~朝6時起床の場合、途中の深夜2時と早朝4時に軽く目が覚めて計10分程度かなと判断すれば、この日の睡眠時間は‘6時間’として記録する。こういった「正確さ」と「自己判断」の基準をどこに置くか?は、かなり厄介であり、専門的知識のない場合は判断が難しい所だ。だがその曖昧さも含めて「‘患者自身’が分かりやすい方法」を探りながら記録しておく事が病気回復の目印となる。
また、この月は精神科での診察日もあったので「何日連続で出かけられるか試してみよう」と急に思い立ち(こういう事を考えるのは‘うつ’が軽くなっている証拠ではあるが…)、11月の4日(診察日)、5日、6日とわざわざ買い物に出てみたりして、自分の気力・体力を測ってみたのだが、3日目には膝に強めの痛みが走ってしまった。私は、こんな風に故意に自分を追い込んでは敢えて失敗し、その結果を見て安心する、といった妙な癖がある。私の極端なやり方は決して、お勧めはしないが、回復傾向がはっきりしていて医師の許可も出ているなら(自己判断の場合は無理のない範囲で次善策を用意してから)、自分の体力・脳力を時々は少しずつ確認し、それもまた記録しておくと、後で色々と役に立つし、何より自分の「脳と身体の仕組み」の面白さにも気付ける。


12月中の睡眠は平均6.2時間。しかし昼寝は8回に増えており、中途覚醒なしの一晩の夜間睡眠継続5時間以上の日は21回となった。
この月は中旬くらいまでは快眠・快食・快便で日々の暮らしを良くしようとアレコレ考えていた様子が見て取れる。というのも、これまで簡単なメモ書き程度でカレンダーの裏1ページ分で済んでいたのが、12月からは完全に「日記」と呼べる状態になって4ページ分を使うほどに増えており、その内容も11月までは「間違ってる・辻褄が合わない」と思う箇所がそれなりに有ったのだが、この月からは間違いが減り合理的で読みやすい文章になっている、というのが読んでいて分かるのだ。
掃除の頻度が僅かだが上がっている事、もっと眠れるように方法を色々試している事、雑に作った食事でも美味しく感じられて‘うつ症状’の一つである味覚障害が治ってきている事、自分の“現状”を把握・認識しても毎日の睡眠に大きな支障は出なかった(全く関係なかった訳ではない)事など、2か月近く経っている現在読み返しても、すぐに思い出せるように書いてあって、それは「現在の記憶力」も正常に近づいているという事にもなる。
ただし月末(年末)にパソコンに不具合が見つかり修理に出すために電話で連絡する事になったが、これも‘うつ病持ち’には地味にツラい作業だった。なかなか健常者には分かりにくいと思うが「電話での会話」というのは、かなり脳に負担がかかりストレスとなる。ただでさえ脳みそが弱っているのに視覚情報が皆無のまま相手の発言だけを頼りに会話を進めるというのは、あれで結構難しい作業なのだ。しかも私はパソコンの知識が元々少ない上に専門用語も大半は忘れてしまっている。

結果的に、5~6回の電話のやり取りを経て無事に正常なパソコンを取り戻す事が出来たが、①電話する前は「解決すべき問題・訊くべき質問」などを紙に書いておく(こういう答えが返ってきたらこんな質問を返そうなども考えておいたが、ほとんど意味がなかった)→②電話中は気を落ち着けて多少面倒でも一つ一つメモを取る事に集中(メモする間は遠慮せずに相手には待ってもらう。電話する手間を減らした方が結局は自分が楽)→③電話した後は自分の取ったメモと相手の発言を思い出しながら照合しながら確認(これも意外と時間がかかる。相手がどういう意図でその発言をしたか、の想像力・類推力も必要)→必要なら①へ戻る。という工程を5回は繰り返したことになる、と書けば少しは‘うつ病持ち’の苦労が分かって頂けるだろうか。
パソコンが無い期間は、きっと手持無沙汰で暇を持て余したりイライラしたりするだろうと思っていたが、そうでもなかった。病気が回復段階に入っているので、家の中にも少しずつ目が行き届くようになって来ている。掃除洗濯その他あらゆる片付けるべき物が、文字通り山積みだし、毎日食べる物なども少しでも安く美味しくと考え始めればきりがない。更にインターネットから受けるストレスはゼロになるのだから「えっもう修理終わったんだ」というくらい約2週間を短く感じた。時にはデジタルから離れるのも必要という事だろう。

この半年間、上記のような気持ち・状態で過ごしてきた。‘彼女’の死に対する責任の重さは、今では、かなり軽くはなってはきたが、やはり「後悔」を持ち続けたまま生きるという決断は変わらない。そして多少使えるようになってきた現在の脳みそで考えてみると、貴重な人材を失った・損失を出した者が後を引き継ぐ、というのが今の私にできる最も正常な判断だと思う。
しかし、とんでもなく優秀だった‘彼女’不在の穴を埋めるのが私では、…まず無理だ。そして今の私にあるのは、ひたすら「後悔」だけだし、真っ当なやり方では1%も埋まらないだろう。
だから私は、この「後悔」を移したり、映し出したり、伝染(うつ)し広げていこうと思う。

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