去来         〚第14綴〛

「自分を知る」方法が、なかなかうまく思いつかない・伝えられない理由がやっと分かって来た。
ほとんどの人にとって「自分を知る」のは、どうやら楽しくもなければ面白くもない作業なのかもしれない。私の場合もイジメの記憶や身内に対する不信感などで、もちろん楽しい事ばかりではなかったが、とにかく自分で自分を研究する好奇心の方が強すぎたから・面白かったから・有意義だったから、さほどイヤだとか面倒だとかは思って来なかった。
だがやはり大半の人々にとって、自分がどういう育ち方をして、家族とどんな関係性があって、それが自分にどう影響したか、その影響がどんな風に周囲に波及していったか、そして…そもそも自分の本質は何なのか等という事を思い出そう・振り返ろう、という時間を改めてわざわざ作るなんて「そんな暇ある訳ない・面倒くさい・考えたくない」と考えるのが自然なのかもしれない。
それなのに…、いや、だからこそ、病気・事故・災害・犯罪に遭ったタイミングで考えさせられる羽目になるのかもしれない。自分が当たり前と思っていた日常生活が、ある日突然、消えてしまう。「なんで自分ばかりがこんな目に遭うんだ?」「自分は何も悪くないのに」そう思いながらも状況はどんどん悪化していく場合もあれば、二度と取り返しのつかない現実に目の前が真っ暗になる場合もあるだろう。
だが人間には再生し適応していく能力がある。自分に非が無かろうが、どんなに善人であろうが関係ない。一度壊れてしまった日常を取り戻すには、これまでとは全く異なる種類の努力を自分のチカラで、ゼロから積み上げていくしかない。事故・災害・犯罪に比べれば「病気」なら、生きている限り(状況・病気の種類により一概には言えないが)治療して回復さえすれば発症前と同程度の暮らしに戻れる可能性は高い。
私は最短でも後2~3年は通院の必要があるので20年以上の病歴となるのは確定だが、これだけの時間が掛かった分、多少は「自分を知る」事も出来たし、他人・世の中をどう観て、どう関わっていけばいいかも、ほんの少しだが分かって来た。改めて私自身に言い聞かせ、もう一度認識しなおす為にも「うつ病との向き合い方」そして「回復期」に大切な事を今、まとめておこうと思う。

個人差はかなり大きいとは思うが、少なくとも私の感覚では‘うつ病’で自殺の危険性が比較的高めなのは、「罹患初期」と「回復期」だと考えている。この2つに挟まれている「低迷期」は精神的には最もキツく苦しい時期だが、その分、危険性は少ないというか自殺に向かう気力すら無い状態だ(確率が低いというだけで危険性はゼロではないが)。
「罹患初期」と「低迷期」も、いずれ必ず取り上げるが、私にとって‘現在’は、やっとの思いで本格的な治りかけにまで漕ぎ着けられた最終段階と思っているので、順不同ではあるが、今回、まずは「回復期」について書かせて頂く。現時点で‘うつ病持ち’という自覚が持てない・負の連鎖から抜け出せない状態にある者は「低迷期」なので、以下に書く事は適切ではない。無理やり自分に当てはめて考えるのは危険なので絶対にやめてほしい。
私の病歴約20年の内、服薬をやめていられた期間もあったし、始めの数年はさほど深刻でもなかった。しかし治りかけると別のストレスが次々現われるといった形で、振り幅の大きさに多少の違いはあるが、悪化と回復を2往復以上は(たぶん)やっている。つまり「正常」と「うつ状態」を行ったり来たりする経験を繰り返したので認識できるようになったと思うのだが、とにかくこの病気は境界線が曖昧で「自分には治療・休養が必要だ」という認識を忘れてしまいがちだ。特に私はメラニン色素が多いらしく日焼けしやすいので2~3日寝不足でも顔色に出ないし、食欲も20年間ほぼ旺盛なままで、比較的変化の少ないタイプだ。   
そんな私が、これは「うつ症状警戒区域」に入ったなぁと判断する基準は「睡眠不足」と「空腹時」だ。それと…、これは私の体験ではなく、あるアニメ作品で知ったのだが「寒さ」も人間を悲観的にさせるらしい(私は中学3年~現在まで‘うつ’になっても変わりなく太め体型をほぼ維持しており寒さに強いので寒さで悲観的になった経験がない)。確かに‘うつ病患者’は寒冷地域に多く存在するのは何十年も前から知られている常識でもある。
少なくとも私の場合マイナス思考・悲観的な‘沼’にハマるのは睡眠4~5時間以下(6時間以上眠れれば比較的安心)の時と食事前の空腹時だ。この2つの条件どちらか1つでも当てはまるとかなりの高確率で具体的な自殺の方法などを思い浮かべてしまう、という事が分かって来た時点で対策を考え始めた。空腹時の場合は簡単だ。飴・チョコ・クッキー等、個包装の食品を持ち歩けば済むし、手持ちが無ければコンビニでおにぎりを買ってもいい。しかし睡眠不足の場合は、どうしても仕事で出掛ける必要があるので、自宅に戻ってくるまでの(一般的な8時間勤務+昼休憩+通勤時間など)10時間前後はひたすら耐えるしかない。特に私の場合、運動は嫌いなくせに肉体労働は大好きという変人なので、最初の頃は「寝不足だから今日は体力を使うなよ」と何度も繰り返して自分に言い聞かせても、仕事が始まると秒で忘れてガンッガンに働いてしまい自宅に帰り着く頃にはへとへとになって「何回いえば分かるんだ、このド阿呆っ」と自分で自分に突っ込む事も度々だった。
そんな事もあって「自殺願望など悲観的・マイナス思考が始まったら、最短で眠る・食べる」習慣をつける事は、おそらく3~4年かけてだが、何とか出来るようになった。(私は今のところ必要性を感じないが)上に書いたように「寒さ」に心当たりがある人は「悲観的・マイナス思考には眠る・食べる・暖める」の3種類の対策で自分に合う方法を探してみてほしい。
何にせよ‘うつ症状’には「記憶力の低下」があるのだから、癖・習慣を身に付けるにはそれ相応の時間が掛かる。もちろん罹患から全快まで1~2年程度の比較的短期で回復する患者も一定の割合いるようだが、おそらく「発見が早く処置が適切だった」「医師や処方薬との相性が良かった」「元々‘自分を知っている’素直で正直なタイプだった」等で問題解決も早く軽く済んだ、最初から好条件が整っていた患者なのでは、と推測している。
そして悲観的・マイナス思考に陥らない為に「寝不足(疲労)」「空腹」「寒さ」この3つを避ける努力というのは‘うつ病持ち’にとっての一般論というか最大公約数であり、この3つ以外にも患者一人一人が「特に自分にだけ当てはまる赤信号」というのを確認・記憶しておく必要がある。
こういった判断は人それぞれの好み・性格・体質によると思うので想像で書くしかないが、例えば、大好きな歌手がいてその人の曲さえ聴いていれば必ず元気が出るはずなのに何時間聴いても落ち込んだまま、とか。自分は料理が得意でヒマさえあれば何かを作っているが今日は何となく包丁を持つ気にならない、とか。何年も’うつ‘をやっていると「あ、これはヤバい状態だ」と分かる「警告音・赤信号」的な状況・癖・思考パターンに幾つか気付いているはずなのだ。その点をしっかり自覚し認識しなおしておかねばならない。次にその警告が出たら「ふら~っと死に引き寄せられる前に・引き寄せられても抵抗できるように」自動的に眠る・食べる・暖める行動に繋げられるよう「訓練」しておく必要がある。
具体的に私の場合でいえば、私は寒さに強く冬期の方がよく眠れる。逆に暑さに弱く夏期に‘うつ症状’が悪化したのは読者の記憶にも新しいはずだ。つまり私は、原則から少し外れて、冬より夏場に重心を置いて注意すべきだし、夏に強くなるためにも体重を減らすのが急務だったりもする(苦笑&嘆息)。
因みに私は料理は好きではないし得意でもないが‘うつ症状’がひどい時や仕事で疲れている時でも週2~3回程度だが自炊を続ける事は出来た。もちろん総菜を買う時もあるし、一度の調理で2食分作っておき二日に分けて食べるという方法で、この20年近く煮物か炒め物など簡単な調理しかやらないからこそ続いたのだろうし、何より節約と健康の為には自炊以外の選択肢がなかったという事もあるだろうが、とにかく食い意地が張っているというのが一番大きな理由であるのは間違いない。しかし他の患者の事例を見ていると料理や食材を買いに出る事が出来ないというタイプは非常に多いし、その場合、同居人がいて何度も任せてしまう状況が続けば、その相手の負担を増やしてしまいケンカなど関係性に支障が出るし、宅配を頼むなら金銭的な負担が問題になる。
このように‘うつ’というのは患者本人の好み・性格・体質・生活環境との関連が強く、医師の指導・助言も必要だが、判断力が弱っていようとも患者本人の裁量・自己責任で考え工夫していく事も同等に重要なので、どうしても時間をかけて、ゆっくり改善していくしかない。


次に認識しなければならないのは、睡眠が安定したり意欲が湧くようになると、つい浮かれて「大ドジを踏む」確率が上がる事だ。もちろん‘うつ患者’である以上、健常者より色んな危険性の確率は上がっているが、どんなに理性では分かっていても「あぁやっとここまで回復して来た~♪」という油断・気のゆるみが、最も危険だ。精神疾患全般に当てはまるのが、どんなに調子が良くても「揺り戻し・ぶり返し」は必ず起こる。精神科医から正式に‘全快’の太鼓判を押されても、ちょっとしたきっかけで「再発」はあり得る。
その事をしっかり骨の髄まで叩き込んでおくためにも、小事に一喜一憂せず、冷静に客観的に自分を観察する癖をつけておくことが重要だ。それが「自分を知る」にも繋がり、自分を知れば知るほど「再発」の確率は下がっていく。
心掛けるべきは「揺り戻し・ぶり返し」があっても慌てず焦らず、また一から積み上げなおしていけばいいという事。“賽の河原”のように鬼が壊しに来る訳ではない。何回でもやり直す事はちゃんと身になり経験となって、その後の世渡りを楽にしてゆくはずだ。もちろん腹の立つ事もあるし、うんざりして泣きたくもなるが、その時は遠慮も躊躇もせず堂々と休もう。健常者でさえ「3歩進んで2歩下が」らなくてはならない世の中なのだから、治りかけの精神疾患持ちなら最初から20~30歩出遅れているのは当たり前。以前のように100歩も1000歩も遅れている訳ではないのだから、とにかく慎重にゆっくり確実な一歩を重ねていこう。
ただ、少しでも余裕があるなら現状把握・危険回避はしておいた方が良い。何しろ注意力や判断力は、まだまだ危なっかしいのだから、「ケータイ・財布・キャッシュカード・通帳」の持ち歩きは必要最小限にして紛失・盗難の可能性を少しでも下げる努力が必要だし、しつこいくらい確認の癖をつけておくのが結局一番手間がかからない。「玄関の鍵」はキーチェーン・ストラップ的な物で失くさない工夫をしたり、家の中では保管場所を決めて必ず戻す習慣をつける。後は「戸締り」と「火の元」も確認癖をつけるしかない。ついつい見過ごしがちなのが家電品のプラグやタップを差し込むコンセント部分に溜まった埃だ。プラグが根元まで差し込まれておらず通電部分に埃が乗っていると「トラッキング現象」で発火する場合がある。‘うつ病持ち’は掃除が出来ないのだから、可能なら使っているコンセント前には家具を置かない等の配慮をした方が良い(→急に心配になって冷蔵庫の裏を見てみたらプラグ上に埃はなかったが床面はちょいと汚かった。1秒考えて冷蔵庫はそのまま戻した)。

次に認識した方が良いのが「自分は‘うつ’という精神疾患持ちで治療・休養が必要で健常者に比べれば頭のネジが10本は足りていない状態」と繰り返し自分に言い聞かせ続ける、という事だ。
これがねぇ、本っっっ当に、書いてる自分でも嫌になるのだが何度言い聞かせても、何度でも忘れてしまうのだ。自分が病気である事を忘れられるのは、考え方によっては良い事でもあるが、少なくとも‘うつ病持ち’でいる間は「現時点で自分は‘まとも’ではない」という事を意識し続けた方が良い。
なぜかというと‘うつ’というのは感情障害と呼ばれるくらい「感情」の制御が出来なくなる病だ。私は「正常」と「制御不能状態」を行ったり来たりしたので何とかギリギリ区別出来るようにはなったが、とにかく「あの時は何であんな風に思っちゃったんだろう?」と自分で自分が理解できない事態が度々起こった。ほんのちょっとした些細な事にイライラしたり、カッとなったり、泣きたくなったり、たいして時間が掛かる訳でもないのに待ちきれずに焦ったり、どーでもいい事が気になって大切な事を間違えたり、後ろ向きな思考を頭の中でグルグル回し続けたりする。そんな持ち方じゃ落とすか中身がこぼれるでしょ?って頭の片隅では分かってるのに、また同じ持ち方をしてしまう。健常者から見ればガチで「…バカなの?」と思われるのも当然なのだ。そんな極端な感情・状況がある一方で、やる気が急にパタッと無くなったりもする。心が折れるというより、頭の中に空虚しかない感じ。この「虚しさ」しか感じない時も、少し‘死’に近づいてる状態なので気を付けた方が良い。
そして、そんなオカシイ自分をじっくり観察する癖をつけるのも「自分を知る」ためには必要だ。
コレは私のやり方で、これまで他人に話した事はないし、こんな地味なやり方が他の人にも使えるかどうかわからないし、ブログで大勢の人に知られるのは、少々恥ずかしさも抵抗もあるのだが…。
――ど~~~してもやる気が起きない時、例えば掃除を2ヶ月はしてないと分かってはいるが立ち上がる気力もない時、私はジーーーーーッと掃除機や部屋の隅に溜まった綿埃を見つめる。見つめたまま気持ちに何も変化が起きず頭の中にも何も映像が浮かばずに数分経ってしまう場合は、それ以上は時間の無駄だ。即、諦める。しばらく何日か置いて、また見つめる。また変化なしの場合もあるが、睡眠が取れていたり体調が良い日などは「自分が掃除をしている様子」が映像となって頭の中に浮かんでくる。そこで自分で自分に訊いてみる「行けそう?動けそう?」動ける気配がないまま、また時間が経ってしまうならまた諦める。また数日たってまた見つめる「そろそろ3ヶ月になるぞ~。いい加減やる気出せよ~」と自分で自分に発破をかけてみる。よほど睡眠不足でも続いていない限り、今度は掃除を効率よく遂行するための手順が頭に浮かぶ「床面空いているあっちを先に水拭きしてから…コタツと諸々を移動して…」手順が浮かぶようなら、やる気は後からでも付いてくる。その段階まで確認してからエイッとばかりに(実際、マジで)重い腰を上げると、時間はかかるが大抵は、爽快さを感じられる程度には清潔に仕上げる事が出来る。簡潔に表現するなら「自分の気持ちを確かめながら、やる気のある場所までにじり寄っていく」とでも書けばイイだろうか。
こんなに時間をかけずに自分の気持ちなんぞ無視して無理にでも始めてしまえば出来そうにも思えるが、それをやってしまうと、何か破損させて後悔したり途中でやる気が切れて2度手間になってしまい、その経験が更に「掃除に対する意欲」を遠ざけてしまう。「無理に頑張らない」方が長い目で見れば良い結果に繋がるし、まずは自分なりのペース配分を見つける事が大切、という気がする。

次に認識すべきというか、ある程度の覚悟が必要、と書いた方がいいかもしれない。
もちろん私も早く病気を治したいという気持ちで、ここまで頑張ってきたが、5%くらいは病気を治したくないという思いもあった。病気が回復するに連れて「見たくない現実」も観えてくる事が分かっていたからだ。このたった2ヶ月ほどで、想像以上に‘この世’は歪んでしまっていると気付かされたが、悲観してもしょうがないというより、悲観している暇などない。…かといって慌てて病を治そう等と考えてもいけない。「慎重に一歩ずつ進む」という基本を忘れてはいけない。これから世の中がじわじわ不安定になっていけば、それに比例して拝金主義も進むだろう。この予想は外れてほしいと思いながら書いているが、平和な日本のイメージは崩れていくかもしれない。
しつこいようだがもう一度書いておく。決して慌ててはいけない。冷静に、慎重に、一歩ずつ。確実に。どんな世の中になろうと、どんなに平和であろうと、いつの時代でも、汚い連中はどこにでも必ずいる。数日前、人の名前や映像を、無断で使っているとしか思えないCMが流れていて、訳が分からなくなった。こんな事をしていたら、自社の企業イメージが損なわれるどころか商品だって売れなくなるという発想がないのだろうか。学歴が低く頭の悪い私には、高学歴で頭の良い人の考える事は全く理解出来ない。
私達精神疾患持ちに色んなタイプがいるように健常者にも色んなタイプがいる。頭の良い人悪い人・誠実さがにじみ出てる人や薄汚さがにじみ出てる人・金銭に無頓着な人もいれば金銭に執着し続ける人もいる。頭も性格も良く気前もいいという三拍子そろった人がめったに居ないように、頭の良さを悪事に使う以外の発想が出来ない上に歪んだ性格で金に汚いという最悪なタイプもそう多くは居ない(…たぶん)。ゆっくり病気を治していきながら、ちょっと余裕が出てきたら人間を、世の中を、じっくり観察していけば、人を見分ける方法も、おいおい分かって来るだろう。

今回は‘うつ病’に興味のない人にはツマラナイ内容だったかもしれない。だが、この文章を今回の締めくくりとするので、もうしばらく我慢してほしい。
ほとんどの読者・うつ患者には理解不能かもしれないが、‘うつ’は本当は楽しく面白い病気なのだ。もちろん「初期」や「低迷期」は苦しさと絶望ばかりが目立っているので、現在その渦中にいる者は「訳の分からない事を書くな」と怒るかもしれないが、ちょっと冷静に自分の症状・言動を振り返る事さえ出来れば「実にバカというかマヌケというか…」としか言いようのない自らの愚かさ・滑稽さが見えて来て、それが「自分を知る」に繋がり回復の糸口にも成り得る、と20年近い付き合いのある私なんぞは思ったりもするのだが。
特に「回復期」は個人差は大きいが、多かれ少なかれ正常と‘うつ’の間を行ったり来たりするので、注意深く自分を客観視できるタイプなら、私の言わんとする事を理解できる人が…、いない、かなぁ。「‘うつ’をやって良かった」という意見もネット上で、たま~に見かけるのだが(もちろんメチャクチャきつかったという感想とセットではある)。
病気なのだから、悪化していく時は確かに地獄と言えなくもないし、未だに白い目で見る人もいる。しかし簡単な計算すら出来なかった人間が、ほんの数年で分別や常識を取り戻せるという事は、小学生がほんの数年で30~40歳の大人に成長するのと同様だと考えてみたら、どうだろうか。その感覚を薄らとだが覚えているので、私は今から楽しみで仕方ないのだ。
ただ、そうそう喜んでばかりもいられない。他の病気ではあり得ない特別な体験が出来るかもしれない(?)この病は、その分「揺り戻し」も大きい。手放しで喜べないのは「揺り戻し」のタイミングで自殺衝動を呼び込む可能性も高いからだ。これ以上、真剣に、夢中になれる、楽しい“遊び”が他にあるだろうか。
もちろん私の場合、このブログの行く末を、文章を書き続けた私がどう変化していくのかを確認するまで死ぬつもりはない。

※今回の第14綴は「回復期」ともう一つの話題との二本立てにするつもりだったのですが、記事UP予定日としても文量としても超過気味なので、ここで一区切りとさせて頂きます。
もう一つの話題は、そのまま来月分として第15綴で書くつもりではあるのですが、その話題単体では文量としては短すぎると予測しており、少し早めて3月中旬に単体で短いままUPするべきか、他の話題との新しい二本立てにして、ここ3ヶ月ほど安定していた月末UP状態を保持していくべきか、で決めかねております。
しかし正直ぶっちゃけると、まだまだ中途半端な脳みそで予定やら予測やら立ててみた所で、ほぼ無駄な努力という感じもしますし、何よりブログにばかり集中する訳にもいかず、日々健全な暮らしも同時進行していかねばなりません。まぁ早い話が「書きたいように書いてUP出来る時にUPする、でいんじゃね?」と考えております。まだまだ不安定なまま、ご不便をおかけしますが、どうかご容赦下さい。

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